音のある場所

今日もお疲れちゃん

ただベースを弾いている人

 

去年の12月のはじめ。

新宿でのライブが終わって渋谷に行って打ち上げをした。

いつものお店でみんな集まってテキトーに酒を飲む。

そこには大好きなロックバンドのベーシストが他の人たちと一緒に同じようにお酒を楽しんでいた。

それまでステージの上に立っていて雲の上のような存在だったのに、同じ空間で同じように、ステージ上の高さの上下も関係なしに座ってお酒を飲んでいる姿に、変な感覚を覚えた。

親近感とか、距離感とかではなくて、あぁそっか。俺らと同じ人間なんだって感じ。

 

その人がそこにいたからって、握手を求めたり写真を撮らせてもらったりすることはなかった。

そこにいた人たちはただ仲間たちと飲みに来ているだけであって、それ以上もそれ以下もなかった。

 

その日、新宿のライブで出ていたバンドの1人がベースを取り出してちょっと弾きだした。

お酒があって楽器があればなんとなく取り出して触りたくなるのはバンドマンの性なのかもしれない笑

アンプには繋いでいないから、スラップしてもベシベシと乾いた音が鳴る。

他のバンドの人も参加してきてベースが増える。

すると、離れていたとこに座っていたあの人が立ち上がり、こちらに近づいてきた。

ちょっと貸して〜って感じで。

慣れた手つきでベースを弾く。

おお〜!と周りから声が上がる。

あの曲ってどうやるんですか?とベースの持ち主が言うと、その場でその曲のフレーズを弾いてくれた。

おお〜!と再び声が上がる。

それを見て、ただのベース好きな人だって思った。

同じ人間でベースをずっと愛してやってきた人の姿がそこにあった。

 

バンドマンは神じゃない。

ヒーローでもない。

確かに、ステージに立っているときは自分にとってのヒーローでいて欲しい。

でも、ステージから降りたら同じただの人なんだよな。

 

報道があって、公式から発表があったときに多くの人が悲しみ怒り、落胆した。

人間が抱く感情だから何を思っても自由なんだけど、それを言葉にして投げつける人がとても多かった。

昔も今も、言葉は変わらないけど現代では言葉が可視化するようになった。

その言葉たちは、さぞや狂気のナイフになったに違いないと思う。

 

人には見えないところがあって当然。

良いところも悪いところも。

自分のしたことは返ってくる。

いや、帰ってくる。

言葉も行いも帰ってくると思う。

だからこそ、おかえりって言える場所がないのは悲しすぎる。

その場所はどこだったのか。

それは周りの人が用意するのか、自分で選ぶのか。

難しいね。

それでも現実は進んでいくから、今を受け入れて進んでいる船に乗るしかない。

 

11月21日、自分が望んでいた結果ではなくなってしまったけど。

今日、Dragon Ashのライブを見てくるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

Thanks.

DAIKI